NUA: フレッシュな視点·10/10

どうすれば他の人に伝えられるか?(第10話)

特にあなたが愛し、尊敬する人からの言葉は重要だ。イエスのこの世での最後の言葉は、人生を変える。

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聖書のことば

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Matthew 28:18-20

Then Jesus came to them and said, “All authority in heaven and on earth has been given to Me. Therefore go and make disciples of all nations, baptizing them in the name of the Father and of the Son and of the Holy Spirit, and teaching them to obey all that I have commanded you. And surely I am with you always, even to the end of the age.”

Berean Standard Bible

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Japanese (日本語)
僕が過ごしてきた 短くも波乱の人生で、 必要以上に僕に投げつけられる、 非常にメジャーな フレーズがあるんです。 それは「よく言うよ!」 運転免許を取得して間もない頃に 友達とドライブしていた時。 駐車料金を払ってくれと 頼まれたので、 「ほんの2、3分しか止まらないんだから 問題ないよ」 と僕が言うと、友達は、 「よく言うよ!」 そしてたちまち、駐車違反です。 またある時は、叔父の農場で 兄とゴルフをしていると、 兄がショットを打つ番になり、 僕は脇によけて立っていました。 「下がれ」と言われて、 僕は「平気だよ」、 兄は「よく言うよ!」 その時に出来たコブは 今でも額から消えずに残ってます。 僕の友人が、死の間際にくれた 餞別の言葉を 僕は一生忘れることはないでしょう。 名前はラリー。 僕の子供時代のお隣さん。 郵便局員で、 旧式の郵便局員用自転車に 乗っていました。 バスケットが付いてた。 幼稚園に通ってた頃、 ラリーは早朝から働いていたのですが お昼に僕を引き取ってくれ、 僕はバスケットに乗って帰宅した。 まるで夢のようなひとときでした。 僕が10代の頃も、 ラリーはいつも支えてくれた。 僕がしょっちゅう鍵を忘れるので、 学校から帰ると、 僕を家に入れてくれて、 お茶やチョコレートを くれました。 40歳も年上だったけれど 僕の親友です。 だからこそ、彼が末期ガンになった時は 絶望した。 亡くなる直前まで彼は自宅で過ごし 僕と話しをしてくれました。 その時に 彼が言った言葉を 今でも覚えています。 彼は満面の笑顔で 「イエス様に会うのが楽しみだ」 と言いました。 驚かされました。 信仰が深まっていた時だからこそ 死ぬ間際に輝く彼の目を見て 僕は深い希望に満たされました。 それから、彼は目に涙を浮かべ、 自分のいくつかの過ちを思い、 ある特別な友人について話をして くれました。 仲直りができなかったと。 そして、 「ジョニー、何よりも、優しくな」 簡単な言葉ですが、 もう10年前のことです。 その時に感じた確信を、 忘れてはいません。 特に、彼を、尊敬していたのですから なおさらです。 彼と過ごした、最後の時間でしたから。 私たちがこのシリーズで見てきた、 イエスの生涯と 素晴らしい言葉の数々について 考えてみましょう。 弟子のトマスを思い出して。 疑いに捕らわれた彼を、 イエスは見つけました。 そしてイエスは言った。 「あなたの指をここに当てて、 わたしの手を見なさい」 イエスの優しさが、トマスの信仰を 回復させた。 または、姦淫の罪によって 捕らえられてしまった女性。 裁かれることを覚悟したのに、 罪を赦されて、 行って新しい人生を生きるように、と 言葉をもらいました。 イエスが語った言葉は 素晴らしいけれど、 あなたはイエスの最後の 言葉が何か知っていますか? イエスは殺され、復活し、 40日間弟子たちと過ごして、 天国へと昇られる前に 弟子たちにこのように言い残しました。 イエスは言った。 「私は 天と地の一切の権能を授かっている。 だから、あなたがたは行って、 すべての民を私の弟子にしなさい。 彼らに父と子と聖霊の名によって 洗礼を授け、 あなたがたに命じておいたことを すべて守るように教えなさい。 わたしは世の終わりまで、 いつもあなたがたと共にいる。」 これらの言葉が イエスの言葉の中で一番重要、 などとは言いませんが、 弟子たちが他者に目を向けることを 望まれたのです。 イエスは彼らが 受け取ったものは 独り占めせずに 他者と分かち合うべきものであると 弟子たちの心の中に植え付けようとされ たのです。 イエスのみことばを 分かち合うことは専門家の仕事ではなく、 私も同様に、 誰もが行える仕事なのです。 イエスの餞別の言葉は 今でも有効で、 イエスの弟子たちが始めたことは、 続いています。 人々と 信仰を分かち合うために、 確信を与えるものは、 自分の役割への理解です。 僕の役割は、 誰かの説得ではなくて、 戸口までの案内です。 イエスの希望のメッセージを 分かち合うのが 僕の役どころで、 残りは神に委ねます。 神を知らせるのは神自身なのです。 神しか、人の人生は変えられません。 これはパン作りに似てる。 パン作りには小麦粉をたくさん使うが 少量のイースト菌が、 パン全体を変えていくのです。 イエスもこのたとえを使って、 メッセージの広がりを語りました。 イエスは言った 「天の国はパン種に似ている。 女がこれを取って三サトンの粉に 混ぜると、 やがて全体が膨れる」 重要なのは、私たちがパン種のように 信仰を分かち合い、 神の王国建設を信頼するなら、 イエスの働きに加わることに なります。 パン作りも、他人と生きることも、 どちらも現実は面倒なものです。 たくさんの時間を取るし、 手は汚れるものだし。 でも出来上がるものは、 その努力のかいがあります。 ここ20年間、僕は、 確信をもって、 人と信仰を分かち合ってきましたが、 いつもそうだったわけじゃない。 それはイエスへの信仰から始まって、 神との関係が発展していく中で、 見つけたものが、皆に必要な ものだと、確信出来たからです。 是非皆さんも、イエスの餞別の言葉を 真剣に受け止めて、 この冒険に招くことができる友人を 考えてみて。 僕の希望は、皆さんがこのシリーズ から触発され、 夢にも思わなかったような会話を 友人と始めてもらいながら、 イエスにある希望を 分かち合ってもらうこと。 カッコいい車のことでも、 美味しそうなパンのことでももちろんなく 神には私たちの想像を超えることが 可能だと信じること。 信仰の一歩を踏み出す私たちには イエスがついていてくれると信じ、 他の人も誘ってみましょう。 弟子フィリポの例にならってみましょう。 イエスが弟子たちを召し出して いた時、フィリポにも、 「私に従いなさい」と言われました。 フィリポはすぐに従って、 友人のナタナエルを見つけて、 言いました。 「私たちは、モーセが律法に記し、 預言者たちも書いている方に 出会った。 それはナザレの人で、 ヨセフの子イエスだ」 ナタナエルの反応は傑作です。 「ナザレから 何か良いものが出るだろうか」 フィリポは何と言ったか? 「来て、見なさい」 私たちの友人も、ナタナエルと 同じように考えるでしょう。 イエスや信仰やキリスト教から、 何か良いものが出るだろうか、と。 私たちがすべての答えを用意しておく 必要はありません。 でも少なくとも、「来て、見なさい」 とは頼めますよね。 友人を1人考えてください。 あとは神に任せて、 冒険を楽しむだけです。
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